レオ・カナーについて

アメリカ移住まで

レオ・カナー(Leo Kanner,1894~1981)は、オーストラリア=ハンガリー帝国生まれの精神科医で自閉症に関する研究で知られています。

父は無愛想で交際下手で引きこもりがち、無意味な知識の獲得に没頭するような人物だったそうです。

1913年にベルリン大学入学し、第一次世界大戦中はオーストリア軍への奉仕により学業を中断するものの、1921年に医師免許を取得しました。

卒業後、心臓の研究に従事していましたが、1924年、アメリカに移住してアメリカ東海岸のメリーランド州ボルティモアにあるジョンズ・ホプキンス大学のヘンリー・フィップス(Henry Phipps)精神科クリニック特別研究員となり精神医学を学びます。

児童精神医学の研究

1928年、ジョンズ・ホプキンス大学においてヘンリー・フィップス精神病クリニック長のアドルフ・マイヤー(Adolf Meyer,1866~1950)に師事し、3年間の特別研究員の期限が切れた1930年、同大学小児科医院(ハリエット・レーン・ホーム)にアメリカで最初の児童精神科部門の創設者に選ばれました。

ちなみにアドルフ・マイヤーは、アメリカの精神病学者で、元ジョンズ・ホプキンス大学精神科教授、元コーネル大学精神科教授、元アメリカ精神医学会会長。20世紀アメリカの精神医学会に強い影響を与えた人物です。

1933年、レオ・カナーはアメリカ合衆国で初めて児童精神医学を名乗った准教授になりました。

1935年に出版した「児童精神医学」は英語の教科書として初めて児童の精神医学に焦点を当てたものでした。

1943年、11例の特異的な行動異常を示す児童について「情動的交流の自閉的障害」を発表しました。

彼らにみられた特異的な行動異常とは、「他人との感情的(情緒的)接触の重篤な欠如」(コミュニケーションの障害)、「自分でこうと決めた事柄を同時に保とうとする激しい欲求」(常同行動)、「反復的なこだわり」、「言葉の異常」(言語発達の遅れなど)、「物の操作に取りつかれたような器用な動作」、「多領域での学習困難と対照的な高レベルの視空間スキルや機械的記憶」(認知面のアンバランス)で、これらの行動異常を当初は幼児期に起こる統合失調症と考えていたようで、「生来性あるいは生後30か月以内に出現」し、「小児期におけるその他の病態とは独立したもの」として捉えていました。

カナーの論文は一躍脚光を浴びましたが、翌1944年、ハンス・アスペルガーは「小児期の自閉的精神病質」を発表するものの、ドイツ語で書かれていた事や第二次世界大戦のため、英語圏に広がることはありませんでした。

同年、レオ・カナーは2例を追加して「早期幼児自閉症」と命名しました。1972年には世界で初めて自閉症専門学術雑誌を創刊しました。

冷蔵庫マザー

カナーは1943年に、自閉症児の母親に温かさや愛情が欠けていると発言、さらに1949年の論文では自閉症が「生来的な母親の愛情の欠如」関係している可能性があると示唆しました。さらに1960年、雑誌「タイム」のインタビューで、自閉症の親たちを「たまたま子どもを生むのに十分な温かみがあっただけ」であると露骨に表現しています。その後、「冷蔵庫マザー」理論が形成されていきます。「冷蔵庫マザー」とは1960年代から1970年代にかけて自閉症の原因として、母親が子どもを冷たく突き放し、拒絶するために「適切な愛情の絆」がつくれなかったためとしたものです。

心理学者のブルーノ・ベツレヘムは「冷蔵庫マザー」を理論化し、広く信じられるようになりましたが、そのきっかけはレオ・カナーです。

レオ・カナーとハンス・アスペルガー

カナーとアスペルガーの論文は自閉症という同じ用語を使っているものの、それぞれ別ものと考えられていました。

しかし、スティーブ・シルバーマンの自閉症の世界(BLUEBACKS 2017年)によると、ハンス・アスペルガーとウィーンの小児科病棟で診断士として一緒に働いていた若き精神医学者ゲオルグ・フランクルとその妻で心理学者のアニー・ヴァイスが、オーストリアから国外へ逃れてメリーランド子ども研究所で働いていたそうです。

カナーは自分の手に負えなかった児童をメリーランド子ども研究所に回しました。

その後、二人はジョンズ・ホプキンスのカナーのチームに加わって1938年から数年にわたって共に同僚として働きました。ちなみにカナーのアメリカ移住を手助けしたのはフランクルです。

アスペルガーとともに10年の間、研究を共にした二人がカナーの手に負えなかった症例を自閉症と教え、その後、一緒に働いていたのですからアスペルガーのことを知らないわけはありません。しかしカナーはアスペルガーを意図的に無視し、アスペルガーの業績を冷笑していたそうです。

これらのことはカナーがユダヤ民族で、アスペルガーがゲルマン民族であったことからではなく、自分の業績にするための保身がはたらいたのでしょう。それだけカナーは自閉症研究の第一人者として影響力の大きな立場にいたためということではないでしょうか。

参考

Wikipedia

コトバンク

軽度発達障害フォーラム PDD研究の歴史

心の研究室 書評

たーとるうぃず

日本生物学的精神医学会誌25巻1号 アメリカ留学体験記

本当は何も知らないことに気付けない-誰もが陥る「知ってるつもり」の認知科学

コージーコーチ・エッセイ集

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