アクセプタンス&コミットメントセラピー(ACT)6 受容と文脈としての自己

2 受容(acceptance)

自己と他者を受け入れて、不安や苦情を生みだした体験から逃げたり排除するのではなく、逆に受け入れることです。
心理療法で取り入れられているマインドフルネスとほぼ同じように捉えられます。

受容のプロセス

(1) 観察する
どこにあるのか探る。そして、感情を観察する。

(2) 息を吹き込む
感情に息を吹き込む。

(3) 広がる
感情のまわりに空間を作る。

(4) そのままにする
そこに置いておく。

(5) モノ化する
感情を何かのモノに喩える。

(6) 普通のことだと考える
苦しい感情が生じるのは人間なら当たり前なこと。

(7) 自分を慈しむ
感情を手で包む。

(8) 意識を広げる
意識を広げる事で、視野が広くなり、感情は全体のほんの一部のもので、自分を脅かすほ
どのものでないという感覚になる。
視野が狭いと感情の割合(存在)が大きなものと感じ、自分を脅かす大きな力を持ったもの
と感じてしまう。

エクササイズの例

氷を握る(Holding an ice cube)

実際に氷を握って、その後に「不快な感覚、感情、思考から逃げずに、その善悪を判断せずに、「いま、この瞬間」に起こっている体験を十分に味わうというスタンスで、このエクササイズを行います。
冷水に自分の手を入れ続けるでも代用できます。

3 文脈としての自己(self as context)

自己が体験している思考、感情、記憶などに気づき、それらから超越した自己のことです。すなわち、脚色されていない、純粋な自己の事です。

ACTでの3つの自己

① 概念としての自己

嫌悪的な内容を持つものが自己とされて対象として描かれ、主観が嫌悪されていることを、「概念としての自己」と定義されます。
自己に対する固定観念ともいえ、概念としての自己に縛られると精神的苦痛を生むとされます。
例えば「自分は鬱病である」という教示は「自己=鬱病」という双方向性から「鬱病」という言語意識が持つネガティブな評価機能を自己にもたらし、個人を自己嫌悪の世界に引きずり込みます。
言語を巧みに操ることは、この言語プロセスが自動的に起こり、自己概念への囚われが起こってしまいます

② プロセスとしての自己

主体と感情や思考などの対象が区別されるもので、自己は苦痛の対象そのものではありません。
対象が次々と流れ、それを一つ一つ受け流していく行動プロセスにより自己の自覚を促進させます。
これを「新たな自己体験」といいます。

③ 文脈としての自己

プロセスとしての自己の体験をさらに訓練して、自己は「場所」として体験します。「プロセスとしての自己」をさらに深化させ自己を体験的にとらえます。
自己が「場所」であれば、主観ということの意識が隠れていき、種々の苦悩が自分とは距離が出てくることで、精神疾患などが治癒していくといいます。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする