ジョセフ・ウォルピの行動療法:系統的脱感作法・エクスポージャー法・逆制止法

ジョセフ・ウォルピ(Joseph Wolpe)

1915年南アフリカ・ヨハネスブルクで生まれ、教育も同地で受けました。アメリカ・テンプル大学医療センター精神医学教授、「行動療法・実験精神医学雑誌(Journal of behavior therapy and Experimental Psychiatry)」編集人。第二次世界大戦後、行動療法分野のパイオニアとなり、神経症の行動療法の父と言われています。その動物実験は例えば系統的脱感作法のような臨床的神経症に著効を示す「抗条件づけ法」を生みだすに至りました。
最初の著作「逆制止による心理療法」(Phychotherapy By Reciprocal Inhibition,1958)には氏の初期の実験的、臨床的研究が盛り込まれています。
1979年、アメリカ心理学会・応用心理学優秀学術賞(Distinguished Scientific Award for the Applications of Psychology)を受賞。1997年逝去。著書に「神経症の行動療法」(2005年・黎明書房)

系統的脱感作法

系統的脱感作法(Systematic desensitization)とは、南アフリカで軍医として戦争神経症の治療を行っていた精神科医のジョセフ・ウォルピ(Wolpe.J)が考案しました。恐怖症や不安障害、パニック障害の治療分野で大きな効果を上げました。代表的な行動療法の一つで、エクスポージャーと逆制止法(Reciprocal Inhibition)が合わさったものです。リラックスした状態で不安や恐怖に段階的に触れていくという「短時間の段階的な曝露療法」というのが特徴です。

エクスポージャー法は一般的にイメージ感作として行われることが多いです。ウォルピが恐怖症やパニック障害(広場恐怖)、全身性不安障害、強迫性障害などの不安感や恐怖感を主訴とする精神疾患の治療に系統脱感作法を用いたのは、不安や恐怖に曝露することで不安や恐怖を感じる強さが弱くなり段階的に精神疾患が改善すると考えたからです。

逆制止法とは、不安や恐怖に対して、拮抗する反応(リラックス状態)をぶつけることで打ち消す技法の事です。

具体的な手順

1 不安拮抗反応を獲得する。

ウォルピは、彼が当初考えていた精神分析的な理解の仕方では説明できない多くの恐怖症を体験しました。彼は、神経症とは不安が引き起こされる状況で作り上げられた持続的な不適応行動の習慣と考えました。

そこで「逆制止」の原理を利用した両方を考えました。逆制止とは、神経の相反する働きが同時に起こることで、腕の曲げ伸ばしで、片側の筋肉が伸びると反対側の筋肉が縮むといったことであり、不安反応と逆の感情が起きているときには不安は感じないといったことです。

もし不安と反対の感情が、不安を引き起こす環境の時に起これば、不安はその拮抗反応(反対感情)によって一部あるいは完全に制止され、その環境と不安の結びつきとは弱められます。これが、「逆制止による心理療法」のエッセンスです。

ウォルピは、不安刺激や恐怖対象にイメージや現実を通して直面させる前に、リラクゼーション訓練を行いましたが、これはウォルピが筋弛緩を不安や恐怖の拮抗反応であると考え、筋肉をリラックスさせることを逆制止が起こると想定していたからです。ある感情と同時に体験できない感情反応・身体反応を引き起こすことを「逆制止」といい、不安感や恐怖感と拮抗する感情反応・身体反応を起こせば不安や恐怖を感じなくなります。

ウォルピが病的な不安感や恐怖感と拮抗反応(反対感情)して逆制止を引き起こすことが出来ると考えていた感情反応や身体反応には私たちの生活で以下のものがあります。

① 主張反応:愛情・賞賛・拒絶などの自己主張をする事。

② 性的悦楽

③ 弛緩反応(リラックス)

③ 摂食行動

④ 睡眠

⑤ ユーモア

どれも本能的な欲求の充足と言えます。

2 不安階層表を作成する。

不安階層表の作成例(ホラー映画の鑑賞)

項目 SUD
90の後に風呂に入る。 100
22時以降に部屋を真っ暗にしてヘッドホンをつけてDVDを観る。 90
22時以降に部屋を真っ暗にしてDVDを観る。 80
22時以降に電気をつけたままDVDを観る。 70
12時~15時までの電気をつけた自室で窓を閉めてヘッドホンをつけてDVDを観る。 60
12時~15時までの電気をつけた自室で窓を開けてDVDを観る。 50
DVDの内容説明を読んだ後、枕元にDVDを置いて寝る。 40
DVDの内容説明を読む。 30
ホラー映画のコーナーでパッケージを眺める。 15

不安を感じる事項に対して、最も不安が強いことから、あまり不安を感じないことまで、不安の強度を段階的に分類した「主観的不安単位」(Subject Unit of Distress:SUD)を作成します。

次にリラックスをします。

系統的脱感作法では、緊張状態を作らないことが大切です。不安階層の課題に触れる中で、強い不安やストレスを感じる前にリラックスしましょう。リラックスの方法は、ジェイコブソンの筋弛緩法を用います。それは、リラックスしたい筋肉を一度力を入れて緊張させ、脱力する方法です。

まずはリラックスしやすい姿勢を取ります。その後足裏から膝、腰、上半身、首へと筋肉を弛緩させていきます。

3 不安階層表に基づいて、不安の低い場面からイメージさせるとともに逆制止法を行い、不安が解消されたら次の段階へ進む。

イメージではなく現実場面を使う現実脱感作法も用いられます。

脱感作の種類

不安や恐怖を感じる状況や対象に直接的に暴露される技法を現実脱感作と言います。不安や恐怖を感じる対象を想像してイメージ(表象)を形成する技法をイメージ脱感作と言います。

治療のやり方は、まず不安の少し起こるシーン(環境)をしばらくの間想像してもらい、不安が起こったところでリラックスさせます。リラックスにより、不安が制止されれば、そのシーンについては治療が済んだわけで、次にもう少し不安を引き起こす場面を選んでいきます。このようにして目的の環境場面までこの患者の不安を制止できれば治療されたことになります。

主観的不安単位(SUD)に従って、不安を感じる程度の弱い状況から曝露していき、段階的に強い不安対象や不安状況に耐えられるように経験的な練習を進めるのが系統的脱感作法の技法です。

インプロ―ジョン療法
行動療法で用いられる曝露療法(イメージ脱感作)の一技法が、インプロ―ジョン療法(implosion therapy)です。インプロ―ジョン療法と同じ曝露療法に分類される行動療法の技法として系統的脱感作法とフラッディング(flooding)などの不安や恐怖を感じる対象に曝露する技法があります。

アサーション・トレーニング
ウォルピはラグラスとともに「アサーション・トレーニング」を開発しました。

主張訓練(自己主張訓練、アサーティブトレーニング)は自分や他者の権利を尊重しながら、自分の感情や思考、考え方等を、相手に攻撃的、あるいは非主張的(受身的)にならずに伝えていく方法です。特定の場面だけではなく、アサーティブな行動が取れる場面の数と種類を増やしていくトレーニングです。1950年代後半から1960年代にかけて、行動療法家の大家ウォルピが始めたものです。アサーティブやアサーションは日本語では主張性と訳されることが多くあります。