ネイサン・アズリン1 トークンエコノミーの発表まで

ネイサン・アズリン(Nathan・H・Azrin)

トークンエコノミーやタイムアウト、家族行動療法、習慣逆転法などで知られるアメリカの心理学者です。学習と心理的治療の分野で100以上の研究を発表しました。妻ビクトリアとの間に4人の子どもがいます。

Association for behavioral and cognitive therapies:ABCT(行動療法促進協会)やFlorida Association for Behavior Analysis:FABA(行動分析者のためのフロリダ協会)の会長、行動療法分析協会の会長、Cambridge Center for Behavioral Sciences ケンブリッジ行動科学センターの会長などを務めました。

1930年 マサチューセッツ州ボストンで、ハロルド(Harold)とエステル(Esther)の間に生ま
れました。両親は小さな食料品店を経営し、アズリンやその兄弟が働いていました。

1951年 ボストン大学を卒業しました。

1952年 ボストン大学で修士課程を修了しました。

ボストン大学に留まって、B.F.スキナーの下で博士号を取得し、行動療法(behavior therapy)という用語を発明したオドゲン・リンドレー(Ogden・R・Lindsley)と共同で、子どもたちの協力に関する研究を行っていました。

1953年 ハーバード大学大学院教育研究科博士課程に入りました。

1956年 オドゲン・リンドレー(Ogden・R・Lindsley)と共同で、「The reinforcement of
cooperation between children(子ども同士の協力の強化)」をJournal of Abnormal
and Social Psychology(異常と社会心理学ジャーナル)に掲載しました。

ハーバード大学でB.F.スキナーの指導の下で初等教育の算数を教えるための自動教育手順を開発し、心理学の博士号を取得しました。

博士課程修了後、エール研究所(カールプリブラムの行動生理学研究室で働く)で研究心理学者として生理的変化の行動的影響の研究をして2年間を過ごしました。

また、メリーランド州の陸軍省で研究心理学者として1年間を過ごし、そこで騒音と疲労が人間の行動に与える影響に関する研究をしました。

1958年 イリノイ州に移り、1980年までアンナ州立病院(Anna State Hospital)のアンナ精神
保健開発センターの開発局の部長として研究ディレクターを務めました。ほぼ同時に
サザンイリノイ大学と提携し、1966年まで講師として、その後1966年からリハビリ
テーション研究所の心理学教授に就任し1980年まで務めました。

ここで、アズリンは非人間的行動に対する罰の影響について研究しました。

1963年 Journal of Applied Behavior Analysis(応用行動分析ジャーナル)を創設し、1966年
までJournal of the Applied Behavior Analysis(応用行動分析ジャーナル)の編集長を
しました。

1965年 テオドロ・アイロン(Teodoro Ayllon)と共同で、「The measurement and
reinforcement of behavior of psychotics(精神病薬の行動の測定と強化)」を
Journal of the experiential Analysis of Behavior(行動の実験的解析ジャーナル)に
掲載しました。

1966年 ハッチンソン(R・R・Hutchinson)と「Extinction-induced aggression(消去誘発性
攻撃行動)」を発表しました。
これは一定期間強化スケジュールを行った後、スケジュールが消去に変化した場合に
起こる攻撃行動をハトの研究により発表したものです。

W・C・ホルツ(W・C・Holz)と「Operant behavior:Areas of research and
application(オペラント行動:研究分野と応用)」を出版しました。

1967年 American Psychological Association(アメリカ心理学会)の25代会長を1970年まで
務めました。

1968年 テオドロ・アイロン(Teodoro Ayllon)と共著で「The token economy:
a motivational system for therapy and rehabilitation(トークンエコノミー:
治療とリハビリテーションのための動機づけシステム)」を出版しました。

このシステムは実験室のネズミの行動に関するB.F.スキナーの研究に基づいて作成されました。
1958年に開発局の部長として就任したイリノイ州アンナ州立病院で、アズリン博士が担当する患者は統合失調症などの精神疾患の患者でした。
そして、多くの患者は病院のガウンを着ようともせず、アズリン博士はまず患者に服を着せることが最初の治療になる事と決めました。
そこで臨床研究部長のアイロンと協力してトークンエコノミーを開発し、毎日服を着せるようにしたのが始まりです。

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